――『にくをはぐ』は2019年末の「ジャンプ+」読切連弾の最初を飾り、大きな話題となりましたね。
遠田 まず最初に、もちぎ先生に感謝の気持ちをお伝えさせて下さい。作品を読んでツイートまでして下さって、ありがとうございます!優しいコメントがすごく嬉しかったです。
もちぎ いえ、こちらこそ素晴らしい作品を読ませて頂き、ありがとうございます。
――もちぎ先生は『にくをはぐ』の感想として、「ジェンダーとジャンプが相反しないことを証明する名作」とツイートされていましたね。
もちぎ 子供の頃は「少年ジャンプ」だから、少年的な趣味のない自分にはジェンダーの壁を感じて、自分が読むものではない印象がありました。大人になって「《活気あふれる少年が読むものだ》という偏見から離れて、今の自分なら俯瞰して読めるはず」と読むようになったのですが、先入観のようなジェンダーの壁は感じませんでしたね。そして『にくをはぐ』は、作品として面白かったことが嬉しくてツイートさせて頂きました。
遠田 とにかくびっくりしました!私自身がもちぎ先生のファンで、twitterは最初のツイートからフォローさせて頂いているので。
もちぎ そんな頃から、恐ろしい…(笑)。試行錯誤していた頃なので恥ずかしいです。
――最初に遠田先生の『にくをはぐ』の着想をお聞かせ下さい。
遠田 私が中学生の頃から感じていたことが下地にあります。その頃の私は漠然と「(女性の膨らんだ)胸がいらない」と思っていて、よくナイフでそぎ落とす妄想をしたり、服越しに包丁を当てたりしていました。
もちぎ そこから作中の千秋のあの描写が生まれたんですね。
遠田 はい。もう一つは、私が超カッコいい人間だったら「狩猟系ユーチューバーになりたい」という願望です(笑)。ただそんなことを考えていると、親の顔が浮かんで「我が身を傷つけるなんて!」「狩猟なんて危ない!」と言われる気がして我に返るんです。どちらも親に反対されると思いますが、もし、それが自分の幸せに絶対に必要だったらどうなるのだろう…という想像から『にくをはぐ』は生まれました。
――今、改めて『にくをはぐ』を振り返っていかがですか?
遠田 「少年ジャンプ+」の更新日の0時、緊張のあまり汗がすごくて無意識にミカンを5個食べていた記憶があります(笑)。世に出すことが怖くもありましたが、たくさんのコメントを頂き、気づかされることも多くて描いてよかった!ファンレターも励みになりました。読者の手書きの文字で「この漫画を描いてくれてありがとう」とあった時は、「この言葉をもらうために描いてきたんだ!」と感動しました。
もちぎ 『にくをはぐ』はラストが特にいいですよね。「あれから数年後」みたいな終わり方は他の作品でも時々ありますが、この作品は取ってつけた感じがまったくしない。身体の見た目が変わったり、服装や言動が変わったり、これまでの話を受けての成長が描かれていて。あたいはこの「キャラクターが生きている」感が好きですね。
――『にくをはぐ』が話題になったことについて、もちぎ先生はどのように感じましたか?
もちぎ あたいはセクシャリティが題材ということで読みましたが、LGBTやユーチューバーという今っぽい話題で興味を惹かれた読者も多いと思います。ただ実際に読んでみて思うのは、『にくをはぐ』が話題になったのは目新しさではなく、純粋に作品力だと思います。今日、遠田先生がご自身の経験や考えを込めて描かれたことを知り、「やっぱり当事者の重みがあったんだ!」と改めて感じました。
――LGBTを扱う作品の作品力の高さは、どのような点にあると思いますか?
もちぎ 元も子もないことを言ってしまいますが、LGBT当事者の方や経験に基づいて描かれたものはやっぱり違います。以前話題になった『弟の夫』(田亀源五郎)はゲイ作家が描かれていますが、やはり説得力がすごかった!当事者の作品ほど賛否両論が分かれますが、それがいいのだと思います。