ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
2021/7/24 航時局ビル スパフロア サウナ室

 壁掛けの温度計は90℃。蒸気の立ちこめる室内で、焼き石がパチパチと音を立てている。
 額の汗をぬぐいながら、私は「ふう」と息をついた。
 時震に対する迅速な対応が求められる航時局には、住みこみ勤務をしている局員も多い。そういう局員たちのために、ビル内には娯楽室やフィットネスフロア、それにスパフロアなどの厚生施設が設けられていたりする。
 このサウナ室は、そのスパフロアの一角にあった。
「今日も疲れたなあ……」
 歴史管理課の課長という立場も楽じゃない。実際に修正任務に赴くことこそないけれど、任務の立案や、他の課との折衝のためにかなりの時間と労力を費やしている。これが正直、けっこうキツイのだ。公務員という割には、定時で仕事が終わったことがほとんどないくらいなのだから。
「いっそ、何もかもぶん投げてエスケープしちゃいたい気分」
 そんな私のひとときの癒しが、残業終わりのこのサウナだった。こうしてミストに包まれていると、汗と一緒に全身の疲れがふうっと抜けていく気がする。一日の中で、最高に気持ちがいい時間だった。
「こういうことをプラトンあたりに言うと、『ババ臭い』とか言われちゃいそうだけど……」
 まあそれもしょうがない。私だって実際そろそろいい年齢なのである。THRの若い子たちから見ればだいぶお姉さんなんだから――。
 そんなことをつらつら考えていると、サウナ室の扉が開いた。
 噂をすれば、入ってきたのはTHRの女の子、ナポ子ちゃんだ。
「あれ、フレドリカじゃない」
 入浴のためなのか、普段は三つ編みの髪を珍しく解いている。タオルが巻かれた身体は羨ましいほどにスマート。肌もきめ細やかで美しい。女の私から見ても非常に魅力的な子である。
 そんな彼女の正体は、一八世紀のヨーロッパからやってきたフランス皇帝、ナポレオン・ボナパルトだ。周囲の誰からも愛される〝カリスマ〟の持ち主である。
 そんな彼女に、私はニコリと微笑みかけた。
「お疲れさま。ナポ子ちゃんがサウナに来るなんて珍しいね」
「そうかもね」ナポ子ちゃんが私の隣に腰を下ろした。「最近あんまり任務もないじゃない? 汗をかく機会も少ないから、せめてサウナにでも入ろうと思ったのよ」
「なるほど」
「というか今更だけど、この国のお風呂ってすごいわよね」
 ナポ子ちゃんが感心したように頷いた。
「浴槽は清潔だし超大きいし、ジャグジーなんてのもあるし。わたしの時代のパリじゃ、こんなすごいお風呂、宮殿にだって無かったわよ」
 確かフランスでは、近代に入っても入浴の習慣があまりなかったという話を聞いたことがある。だからこそ体臭を誤魔化すために香水をつける文化が発達したんだとか。
 そんな国から来たナポ子ちゃんにとっては、現代日本のお風呂文化はさぞ驚愕だろう。この国のひとたちって、お風呂が大好きだからなあ。
「それなら、ゆっくり楽しんでね」
 私がサウナに入ってからもう十五分くらいは経っていた。汗も十分流したことだし、そろそろ出てもいい頃合だろう。私はそう思って腰を浮かしかけたのだが、
「待ってフレドリカ」ナポ子ちゃんに呼び止められてしまう。「いい機会だし、おまえにちょっと聞いておきたいことがあるの」
「聞いておきたいこと?」
「えっと、その、ミツキのことなんだけど」
 御戸(みと)ミツキくん。THRのリーダーで、私にとっては弟のような男の子である。ちょっとエッチでどうしようもないところはあるけれど、基本的には優しくて真面目ないい子だ。
「ミツキくんがどうかしたの?」
「おまえ、確かミツキとは長いこと一緒に暮らしていたのよね?」
「そうだね。八年、九年くらい……は高嶺の家で一緒に暮らしてる。そのあとはお互い航時局の寮だしね。もう家族も同然だよ」
「ふうん」ナポ子ちゃんが頷いた。「だ、だったらさ。あいつのことが男の子として気になっちゃったりとか、そういうことってないの?」
 彼女の表情は、どこか朱に染まって見えた。今しがたサウナに入ってきたばかりなのだから、のぼせたというわけではないのだろう。
 私は「全然ないよ」と首を振って応えた。
「一緒に暮らした期間が長すぎて、もう弟にしか見えないもん。大事な家族だとは思ってるけど、男の子としては見たことはないなあ」
「あいつの方は、しょっちゅう『フレドリカさんフレドリカさん』って尻尾振ってるけど……それでも恋愛対象だとは思えないの?」
 尻尾を振るという言い方に、つい「ぷっ」と吹き出してしまう。一生懸命なミツキくんには悪いけれど、確かにその表現はピタリと当てはまっている気がする。
「あはは。さすがにもう、あの子とどうにかなるとは思えないよ」
 私の答えに、ナポ子ちゃんが「ふむ」と頷いていた。少しほっとしている様子が窺える。
 この子、やっぱり彼のことを特別に思っているのだろう。お姉ちゃんとしてはなんだか微笑ましい気分だった。隅におけないなあ、ミツキくん。
「むしろ、ナポ子ちゃんはどうなの。ミツキくんのこと好き?」
 私の質問が予想外だったのか、彼女が「えっ」と目を丸くする。
「な、なによ急に」
「ナポ子ちゃんだって年頃の女の子でしょう? 一緒に任務をこなしているうちに、それこそ恋愛感情が芽生えちゃってるんじゃないのかなって」
「こ、このフランス皇帝が恋に溺れるとか、そんなわけないじゃない。ミツキのことはまあ、仕事上のパートナーとしては信頼してるけどっ……!」
「へえ。そうなんだ」
「な、なによフレドリカ! その全然信用してなさそうな顔は!」
 ナポ子ちゃんがぷくっと頬を膨らませる。彼女、思っていることがそのまま素直に顔に出ちゃう性格なのだ。すごく可愛い。
 私は「さてと」と言って席を立つ。
「もうだいぶ長いことサウナに入ってるから、私は先に出るわね」
 しかし、ナポ子ちゃんに「ちょっと待って」と腕をつかまれてしまう。
「え、なに?」
「その、もうひとつ確かめたいことがあるんだけど」
 なんなのだろう。私としてはそろそろ外の涼しい空気を吸いたいと思っていたのだが、彼女の表情にはそれを許さない真剣さがあった。
 しょうがない。私は元の場所に腰を下ろし、彼女の言葉を促した。
「なに、確かめたいことって」
「……えっと」
 ナポ子ちゃんがじっと私を見つめている。正確に言えば私の顔というよりは、そのちょっと下、胸元のあたりを凝視しているのだ。
「どうしたの、そんな真面目な顔で」
 私の問いかけに応える代わりに、彼女が行ったこと――。それは、私の胸に手を伸ばし、ぐわしと鷲づかみにすることだった。
 私は思わず「ふえっ⁉」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ナ、ナポ子ちゃん、なにするの⁉」
「いやその、これ、本物なのかと思って」
 ナポ子ちゃんは眉間に深い皺を浮かべながら、私の胸を何度も揉みしだく。ふにょんふにょんと、指が食いこむくらいの勢いだ。いかに同性とはいえ、これはちょっと気色悪かった。
「ほ、本物って、なにが?」
「実は前から疑ってたのよ」ナポ子ちゃんが続ける。「フレドリカのおっぱいって、いくらなんでも大きすぎるんじゃないのって。歩くたびにポヨポヨ揺れてるし」
「ええ?」
「おっぱい大きいくせに腰回りとかはものすごくスリムだし……。なんなの」
「いや、『なんなの』って……そんな凄まれても」
「サイズだけなら奉先よりも大きいわよね。ありえないわ……。こんなものの存在を、素直に認めるわけにはいかないわよ」
 ううむと唸るナポ子ちゃん。私の胸がよっぽど気に入らないのか、まるで親の仇を見るような目で睨みつけている。
 この子のおっぱい、結構小さめだもんなあ……。彼女くらいの年頃だと、他人のサイズが気になってしまっても仕方がないのかもしれない。
 ナポ子ちゃんが眉根を寄せながら、
「すごいリアルな豊胸技術よね。もしかしてアルちゃんの発明関連? まるで天然ものみたいな柔らかさじゃない」
「あのねえ……」ついため息が出てしまう。「言っとくけどナポ子ちゃん。これは普通に天然ものだから。百パーセント本物だから」
「う、嘘っ⁉ 信じられないわ……!」ナポ子ちゃんが背を仰け反らせる。
 本気で作り物だと思われていたのだろうか。私の方が、むしろよっぽど驚きたい気分だった。
「同じ人間なのに、どうしてここまでの差が生まれているのよ……! これが格差社会なの? 胸囲の格差社会というヤツなの⁉」
「いや、驚いたのはわかったから。ナポ子ちゃん、手、放そ?」
 しかしそう言っても、彼女は私の胸をつかんで放そうとしない。「ぐぬぬ」と歯噛みしながらまだ揉み立てようとしているのだ。どれだけ私のおっぱいは恨みを抱かれているんだろうか。
 ふとナポ子ちゃんが、何かに気が付いたかのようにはっと顔を上げた。
「もしかしてフレドリカ。これ、ミツキに揉まれた結果なの?」
「は?」
「よく言うじゃない。男のひとに揉まれると大きくなるって。だから、ミツキあたりが丹念に揉みしだいた結果なんじゃないのかなって」
「なんでミツキくんなの……。そもそも揉ませる機会がないでしょう。あの子のこと、弟だとしか思ってないってさっき言ったよね?」
「でもあのミツキよ? なんでもない関係だろうが、なんだかんだ流れに任せて行為に及んでいてもおかしくはないわ」
「いや、それはさすがに」
 と言いかけたところで、彼女の言葉にも一理あると思ってしまった。確かにミツキくんは任務のたびに、現地で出会った女の子と深い関係を持ってしまっているのだから。
 あの子も優しい子だから、相手を救うためにそうせざるを得ない状況に陥っているのはわかる。しかしそれでも、ちょっと度を越えてやりすぎなんじゃないかと思うことは多々あるのだ。私だってあの子の報告書を読むたび、毎度頭を抱えているくらいだし。
「そういえば、ナポ子ちゃんもそうだったもんね」
「でしょ」彼女が頷いた。「だから、実はフレドリカもそうなんじゃないのかなって」
「あはは……。まあ、私はそういうことはまったくないよ。幸いなことに、流れに任せちゃうような状況には直面してないから」
 少なくとも今のところは、だけど。
 仮にこの先もしそういう状況になることがあったら、私もミツキくんに抱かれちゃったりするのだろうか。それってどうなんだろう……。なんだか全然想像出来ない。
 ナポ子ちゃんが、指先でぷにぷにと私の胸をつついている。
「じゃあ、他の男に揉まれたとか?」
「や、そういうこともないけど。そもそも私、そっち方面の経験ないし」
「え? そうなの」
「残念ながらね。恋だの愛だの青春だのを謳歌するより前に、この仕事始めちゃったから」
「だとすると、フレドリカはその年齢で処……」
 ナポ子ちゃんはそう言いかけ、すぐに「なんでもないわ」と首を振った。
「どうしたのナポ子ちゃん」
「まあ、こういうのはひとそれぞれよね、うん……。おまえにもそのうちいい出会いがあると思うわ」
 あれ? 私気を使われちゃってる? ひと回りくらい年下のナポ子ちゃんに、ヴァージンであることを哀れに思われちゃってる――?
 なんだかものすごく腑に落ちない気分だった。というかなんで私、部下の女の子におっぱい揉まれながらこんな話をしているんだろう。
「はあ」とため息をつく。サウナに長く居過ぎたせいで、そろそろ頭が火照ってきた。脱水症状を起こす前にさっさと出よう。
 そう思ったのだが、ナポ子ちゃんはまだ私を解放してくれる気はないようだった。
「ねえフレドリカ、もうひとつ聞きたいんだけど」
「え」
「ぶ、ぶっちゃけミツキって、THRの中で誰のことが一番好きなんだと思う? もちろんフレドリカは除くとして」
 ナポ子ちゃんが、まるで恋する乙女のような眼差しで私を見上げてきた。
「あのね……」つい嘆息してしまう。
 同じ課内の女性同士、普段ならこういう恋バナに付き合うのもやぶさかではない。しかし今の私はそろそろ限界だった。暑さのあまり、眩暈すらしてきているのだ。
 にもかかわらず、ナポ子ちゃんは勝手に話を続けてしまう。
「アリスは捻くれまくってるし、奉先はガサツでいい加減だし、アルちゃんは頭の中お花畑だし……。そうなるとミツキが好きそうなのって、わたししかいないわよね?」
「あの、ナポ子ちゃん。その話は外でしない?」
「ダメよ。他の連中に聞かれたら困るもん」
 ナポ子ちゃんが首を横に振る。彼女は頑として私をサウナから一歩も出す気がなさそうだった。この子、私を殺す気か。
「でもほら、ここ長く話をするには暑すぎるし……ナポ子ちゃんもさすがに辛いでしょ?」
「なに言ってるのよフレドリカ。人間、時には耐えなければならないこともあるのよ」
「耐えなきゃって……」
「そう。忍耐もまた軍略において重要な要素なの」
 なにやらナポ子ちゃんが語り始めてしまった。
「わたしも、行軍中に弱音を吐いていた部下共によくこう言ったものだわ。『勝利はもっとも忍耐強い者にもたらされるのだ』って。戦いに勝つためには、我慢が大事なのよ」
「私たち今、いったい誰と戦ってるの……?」
 理屈はよくわからないけれど、どうしても彼女はここでミツキくんに関する恋バナがしたいらしい。一緒にサウナの熱に耐えろと言っているのだ。
 この子がミツキくんを大好きなのはわかったが、なんとはた迷惑な話だろう。さすが皇帝様、傍若無人なことを言わせたら右に出る者はいない。
 ナポ子ちゃんは「ううむ」と首を捻り、
「やっぱりあいつ、わたしのことを仕事以上のパートナーに見ているのかも。人生のパートナーだって思ってたり……」
「はあ」生返事で応える。もはやこの子の話はどうでもよくなっていた。
「これ、遠からずミツキにプロポーズされる流れが来てるわよね。どうしよう。もう一緒に元の時代に帰るしかないのかしら」
「好きにしていいから、私も帰っていい?」
 しかし、彼女はそんな私の頼みを聞き入れてくれようともしなかった。
 その後もナポ子ちゃんの恋バナは延々と続き、サウナ室から解放されるまでにはおよそ二十分もの時間を要したのである。
 当然私は死ぬほどグロッキー。頭の中がくらくらして、倒れそうになってしまっていた。
 リフレッシュしに来たはずなのに、なぜこうなったの……?

2021/7/24 航時局ビル スパフロア 休憩室

 さて、今日のお仕事も終了。ひと風呂浴びてから部屋に戻ろう。
 僕――御戸ミツキはそう思ってスパフロアにやってきたのだが、休憩室のソファーのところでふと足を止めた。珍しいものが目に入ってしまったからだ。
「うう……のぼせた……」
「ねえフレドリカ、ちょっと大丈夫?」
 ぐでん、と横たわるようにソファーに身体を預けているフレドリカさんと、そんな彼女を横から団扇であおいでいるナポ子だ。
 一緒に長風呂でもしたのか、ふたりとも肌がとても火照っていて艶めかしい。フレドリカさんに至ってはシャツの胸元が思い切りはだけており、谷間に落ちていく汗がつぶさに観察できるほどだった。
 これはなんという眼福……! この短編シリーズでは碌な目に遭っていないミツキくんに、神様がくれたご褒美なのかもしれない。
 僕がごくりと生唾を飲みこんでいると、ナポ子が「あ」とこちらに気づいたようだ。
「ねえミツキ。ちょっとフレドリカの介抱手伝ってくれない? サウナで無理しちゃったみたいで、倒れちゃったのよ」
 ナポ子の団扇の風を受けながら、フレドリカさんは「ううん」と辛そうに呻いていた。なんでもそつなくこなす彼女にしては、珍しい醜態である。
 彼女の顔を覗きこみながら、僕は「大丈夫ですか」と声をかけた。
「ああ、ミツキくん……ちょっとダメかも……」
「どうしてそんなにサウナ頑張っちゃったんです? フレドリカさんくらいボンキュッボンなパーフェクト体型なら、ダイエットの必要もないでしょうに」
「それはナポ子ちゃんが……」そう言いかけて、彼女は首を振る。「ああでも、半分ミツキくんのせいでもあるのかな」
「え? 僕のせい?」
 いったいどういうことなのだろう。わけがわからない。
「ねえナポ子、サウナ室でなんかあったの?」
「ん。まあ、それはちょっと言えないけど……」
 ナポ子が視線を反らし、露骨に誤魔化してきた。怪しすぎる。
「ともかく、早くフレドリカを部屋まで運んでやるのよ。おまえ弟でしょ」
 ナポ子にせっつかれ、僕は「はいはい」と首を縦に振る。
 このふたりの間で何があったのかはよくわからないけれども……とにかく今は、フレドリカさんをお姫様抱っこできることの幸福をかみしめるべきなのだろう。
 僕はニッコリと微笑みを浮かべながら、彼女のセクシーバディに腕を伸ばすのだった。

ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ