ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ

黒川「ちょっと。どうして私と槍牙くん以外の人間がこの班にいるのかしら?」
槍牙「いや四人一組か三人一組で調理実習だって言われただろうが。お前が怖くて誰も来ないから、長谷部さんが入ってくれたんだろ」
黒川「嫌よ槍牙くん。私以外の女の名前を口にしないで。包丁を投げたくなっちゃう」
槍牙「構えるな、机に置け」
 にぎやかしい班だな、と思った。
 それと同時に、とても危うい班だとも。
 今日の午後授業は家庭科で、調理実習だった。カレーライスをつくるということだが、果たしてこの班で大丈夫だろうか。
 クラス随一の問題児、黒川夢乃。
 その問題児の彼氏というか被害者、斉藤槍牙。
 そこに私、長谷部流水が入った形だが、まとまる気がまったくしない。
黒川「私と槍牙くんで調理するから、あなたはその隅っこで黙って座っていなさいよ」
長谷部「それじゃあ授業参加にならないのだけれど」
黒川「なら殺すわ」
槍牙「だから人に包丁を向けるのやめろお前」
 色々とあったが、とりあえず私が黙って見ていることで調理実習がなんとか続けられることとなった。
黒川「私が皮むきをするから槍牙くん、一口大に切ってちょうだい。指を切ったら言ってね。すぐに舐めて止血してあげるから」
槍牙「絶対に怪我しないようにする」
黒川「そうね。いずれ槍牙くんが私の腕を食べたいと言って、切断してくれることもあるかもしれないから、慣れておいたほうがいいわね」
槍牙「なんだその猟奇的な状況。あり得ねえよ」
黒川「そうかしら? 私は槍牙くんのお肉を削いで口にしたいと常々思っているけれど」
槍牙「常々!?」
 会話に反して、意外と手際がいい。
 黒川さんは野菜の皮むきをさくさくと終わらせていくし、斉藤くんもひたむきに包丁を扱う。
 しかし――手順を飛ばしていることに気づいていないのかしらね?
槍牙「あ、そうだ。お米、炊かないと」
 斉藤くんが気づいた。ホワイトボードに先生が書いた手順は、第一に炊飯だ。他の班も、同時進行しているところもあるが、たいていは先にやっている。
 目端の利く黒川さんが気づかなかったとは思いにくいのだけれど、なにか考えでもあったのだろうか。
黒川「ああ、それなら大丈夫よ。槍牙くんの分だけだけれど、ご飯なら家で炊いて持ってきたから」
 斉藤くんの分だけ、というところになんとなく愛情めいたものを感じる。
 特別な人には特別なものを、ということだろう。珍しく黒川さんの気持ちが理解でき――
黒川「私の唾液や体液、お風呂に入った残りの水で炊飯したのよ。槍牙くんが喜んでくれると思って」
 ――ない。まったく理解できない。
 というかそれ、衛生問題的には大丈夫なのか?
 斉藤くんも血相を変え、作業を止めた。
槍牙「俺、米研ぐから。お前、野菜も切ってくれ」
黒川「だからお米は研がなくていいのよ?」
槍牙「俺はそんな米、食わないからな」
黒川「ええ。私から食べさせてほしいということよね?」
槍牙「違う。絶対に口に入れない」
 どんっ!
 黒川さんがにぎっていた包丁を逆手に持ち、思いきりまな板に突きたてた。貫通して机にも刺さっていると思われる。
黒川「……槍牙くん、なにが不満なのかしら?」
槍牙「普通に炊いた飯でカレーが食べたいんだ」
黒川「普通に炊いたわよ」
槍牙「普通は体液を混入しないし、お風呂に入った後の残り湯なんて汚いものも料理に利用しない」
黒川「私は槍牙くんの体液なら混入してもらいたいし、槍牙くんが入った後の残り湯なら何リットルでもいけるわ!」
槍牙「黙れ、変態!」
黒川「恋する乙女は変態じゃないわ!」
 いや、変態だよ。
 ここで聞いている分には十分、変態だよ。
黒川「だったら槍牙くんは、これからつくるカレーに私の血を混ぜる手順をすっ飛ばすつもり? こんな重要な手順を飛ばせるわけがないじゃない!」
槍牙「そんな手順はねえよ!」
 中学校の調理実習において、というか料理全般において、調理者の血を混ぜるという手順やレシピはあり得ない。
黒川「え? ということは、槍牙くんの唾液と血液を使ってもいいということ?」
槍牙「いいわけねえだろ」
黒川「じゃあ精液」
槍牙「……………………変態、長谷部さんと交代しろ」
 血の気が引いていた。私もどん引いていた。
 いま日常会話で出しちゃいけない単語、言わなかったか。この問題児。
 私としても異物混入のなされたご飯など食べたくなかったので、立ち上がり苦言を呈す。
長谷部「黒川さん。授業なのだからホワイトボードに書かれている通りの手順でつくって。アレンジはプライベートでやって」
黒川「槍牙くんが食事を摂る回数は限られているの! その貴重な一回をあんなつまらないレシピでつくったご飯で埋めたくないわ! なんなら私の裸体にカレーをかけてあげるから食べて!」
槍牙「嫌だよ」
 にべもない。だが斉藤くんのほうが常識人だ。
 さて、どうやってまともなカレーをつくらせるか――黒川さんの排除。うん。それしかない。
 とはいえ黒川さんが大人しく言うことを聞くわけがないから、そうね。
 黒川さんと斉藤くんの手元を見る。どうやら野菜切りは完璧のようだ。
 二人とも授業は参加した。ぎりぎり、そう認めていいだろう。
長谷部「黒川さん。私も手伝わないと成績に響くから、手伝うわ。斉藤くんといちゃいちゃといやらしい変態行為でもしていてくれるかしら?」
 しれっと言って水道で手を洗う。
 見ると斉藤くんは絶望の絵に描いたような表情をしており、黒川さんの目は捕食動物よろしくぎらぎらと光っていた。
 頼んだわよ、斉藤くん。埃を立てないようにね。
槍牙「やめろ。寄るな。長谷部さん、ちょっと!」
黒川「槍牙くん待ってぇ!」
 斉藤くんの悲鳴と黒川さんの喜悦が響く。
 二人が去ったところで、私はまず米を研ぐことから始めた。
 さて。二人が帰ってくる前に仕上げちゃいますか。