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『逃げ上手の若君』松井優征×『塞王の城』今村翔吾 スペシャル対談!
『逃げ上手の若君』松井優征×『塞王の城』今村翔吾 スペシャル対談!
漫画家・松井優征先生と歴史小説家・今村翔吾先生の豪華対談!
日本の歴史を題材とした作品づくりの工夫や歴史を知る面白さについて語り合う!

『逃げ若』のキャラは出オチみたいな感じになる。(松井)

コマ

──『逃げ若』のキャラ付けについて今村先生の感想をお聞かせください。

今村  楠木正成が息子の正行と正時の名付けをしたときは「やられた~」と思いました。自分にはない着眼点でしたし、何より朝日新聞の連載(『人よ、花よ、』)で正行の物語を書いていたというのもあって、僕がやっとけばよかったと思いましたね(笑)。

松井  正時の「時」は北条がよく使う字だから北条が滅んだあとに名に入れるのが不自然だし、正行の「行」は彼以外に「つら」と読むのを知らないし。

今村  言われてみればその通りなんですよね。でもおそらく誰も考えたことがなかったんじゃないかな~。

松井  昔は同じような名前が多いので読者にも覚えてもらいにくいじゃないですか。今村先生はキャラの名前を覚えてもらうための工夫はされていますか?

今村  正行でいうと幼名の多聞丸でなるべく通しました。マンガだとビジュアルがあるのが強みですよね。

コマ

松井  むしろビジュアルでしか覚えてもらえないのかもと思っていて、だから『逃げ若』のキャラは出オチみたいな感じになるんですよ(笑)。

今村  北畠顕家はメチャクチャ覚えやすいですよ。キラキラですし(笑)。

松井  ほかには今村先生と同じように名前を統一したり、本来は当時やらない苗字呼びにしたりして覚えやすくしています。

今村  あと松井先生の描く足利尊氏は僕の考える尊氏像にかなり近かったので感動しました。

松井  嬉しいな~。尊氏は連載が途中で終わることになったら完璧超人で終わらせるつもりでした。ありがたいことに連載が進んで、尊氏をちゃんと描く段になったとき、「改めてヤバい奴だよなあ」となりましたね(笑)。ただ、ラスボスとしては動かしやすいです。キャラ付けとは少し違いますが、今の少年漫画は1回でも負けるとそのキャラの格が落ちやすいと感じていて、それを変えたかったというのもあり、尊氏や貞宗は負けても格が下がらないキャラ設計にしています。

今村  足利軍の(高)師直も戦が強いのに急に負けることがあって、これは実は尊氏が最後に出てきて勝つための演出なんじゃないかなと疑っているんですよ。師直はプロデューサーとして優秀だったんだろうなと。尊氏の実力もあると思いますが、部下が作り上げた尊氏像も大きいのではと思っています。

松井  飾り立てがいのある存在だったのかもしれないですね。

今村  皆がそこまでをするだけの魅力があったのは間違いないと思います。

歴史に興味がない方に読んでもらうためには
ファンタジーはいい要素なんです。(今村)

──作中でのファンタジー要素の割合はどのように考えていますか?

松井  訳がわからないことを解説するために、あると都合がいいですね。 とにかくわかっていない事の多すぎる時代なので。

今村  僕も『塞王の楯』で「石の声が聞こえる」という要素を入れていますが、これは言葉の力が強いから使ったんです。作品を作るときはちょっと見切り発車の場合もあって、冒頭の内容を後半で上手に活かせられたらいいなと。歴史に興味がない方に読んでもらうためにはファンタジーはいい要素なんです。あと作家の能力のひとつで、「言い訳力」が大切だと思っていて、この力を磨いていくと、人物やセリフなど自分が思っていた以上の使い方が出てくるときがあります。

コマ

──今村先生はプロットを書いてから小説を書き始めますか?

今村  僕はプロットを書かないんです。編集者に説明するときには、全部漫画で説明するんですよ。例えば、登場人物が受けた衝撃の度合いなら『進撃の巨人』で超大型巨人が出てきたときの衝撃といった感じ。僕にとってベンチマークは漫画家さんなんですよ。小説とは違う漫画ならではのテンポも勉強になりますし、『逃げ若』の第1話もメチャクチャ参考になりました。

松井  ありがとうございます。

今村  アシスタントさんとも阿吽の呼吸でマンガを描いているんですか?

松井  アシスタントさんは大体歴史に興味が無いので、チェックは必ずしなきゃいけないですね。イナゴを食べるシーンをお願いしたら、ネットで食用イナゴを調べて真っ黒なイナゴを描いてくれて、「この時代に佃煮は無いので白くしてください」とか。

今村  松井先生の負担がかなりデカいですね。僕に画力があれば、鎌倉時代ならこんなものもありますよとサポートできるのに…!(笑)

松井  監修の本郷先生もお忙しいので隅から隅までチェックする余裕は無いので、だからこそ自分でも気を付けているつもりなんですが、それでも歴史に詳しい方からご指摘があるので難しいなと(笑)。

──『逃げ若』で今村先生が好きなキャラをお聞かせください。

今村  顕家ですね。元々大好きなんですよ。北方謙三先生の『破軍の星』という小説の主人公なんですが、僕が顕家を好きになったキッカケの作品でもあります。その顕家の強さが踏襲されているように感じられて嬉しかったんです。ただ、メチャクチャイケメンできたなと…。

松井  やっぱり顕家は人気の取りどころなので、しっかり取りに行ったという感じですね(笑)。

今村  僕は戦国史上の中でも、才能部門のステータスで言えば顕家が一番高いんじゃないかなと思っています。

松井  戦ばっかり注目されますが、内政面も素晴らしいんですよね。芸事もしっかり押さえていて、万能に近かったんじゃないかな。作中ではもっとおとなしめに描くつもりだったんですよ。もちろん「戦は強いしプライドも高い」というのは描く予定でしたが、顕家について調べると、とてもせっかちな性格だなと感じたので、せっかちさを加えたら暴走族みたいな面白みのあるキャラになりました。

今村  そこからあのイケメンが生まれたのがまたすごいです。あと斯波家長は、松井先生の解釈が盛り込まれていて新鮮でしたね。そのバランス感覚はどう培っているんですか?「読者を意識する」というのも作家さんによって結構感覚が変わるので教えて欲しいです。

松井  まずは人気がないと連載を生き残れないので読者を気にします。ただ、歴史漫画としてもしっかり描く必要があるので、歴史ファンの方へ向き合う時間がありますね。やはり歴史ファンに認められないと絶対駄目だという思いがありましたから。例えば湊川の戦いの前、楠木正成と正行たちに迫る「櫻井の別れ」は本筋からすると描く必要はほとんどなかったんですが、歴史ファンの方にとっては大事な場面だと思って描きました。

コマ

歴史について

──おふたりが歴史に興味を持たれたのはいつからですか?

今村  一番のキッカケは3歳頃に大河ドラマ『独眼竜政宗』を見てからです。内容はわかっていなくても、七五三のときに「ましゃむね、ましゃむね」とコスプレみたいなことをしていたんです。そこからテレビで歌舞伎もよく見るようになりました。

松井  ちょうど歴史が熱かった時期ですよね。その頃僕は小学3年生くらいだったんですがクラスでも正宗の話をしていました。当時ならもっと歴史漫画のチャンスはあっただろうなと思います。僕が歴史に興味を持ったのは小学2年生のときに、親に漫画『日本の歴史』を買ってもらってからです。本当に面白いし、大事だと思うのでジャンプ読者の皆さんにも読んでもらいたいですね。

今村先生

──小中学生に歴史のどんな部分に興味を持ってもらいたいですか?

今村  僕は身近にあるものがどうやってできたかくらいのところから考えると面白いんじゃないかなと思いますね。例えばトイレ。皆が普段使っているトイレは、ちょっと前はどんなものだったのか、明治時代は?江戸時代は?平安時代は?と遡っていくと結構面白くて、平安時代だとそこら中が共同のトイレで、用を足していたんです。当然トイレットペーパーは無いですから落ちている木の棒をトイレットペーパーの代わりしにしていました。こんなことを言うと「え~~~!」となるんですが、トイレじゃなくてもコップとか自分の身近なものを遡ってみるのは楽しいと思います。

松井  僕は年号とかを廃止したいんですよ。戦国時代は何年から何年までと一応覚えてもらいますが、そのあとはなるべく時代の流れを教えてあげたいですね。

今村  たしかに。

松井  「こういうことがあったから次にこれがあった」みたいな、この流れを手っ取り早く教えるために年号が使われてるんですけど、年号でやると暗記科目になってつまらないなと思います。「歴史は自分たちと同じ人間が作っているものなんだよ」と伝えたいですね。織田信長も今の時代なら普通の人かもしれない。逆に現代から戦国時代に行ったらヒーローになる人もいると思います。こういう状況になると仲間割れが起きるとか、歴史を知っておくと未来も予測しやすいということを知って欲しいですね。

今村  その通りですよ。僕もコロナが流行り始めたときに3年かなと思いました。ペストやスペイン風邪も3年で収束していたので、病が収まるかは別として世間が騒げるのは3年かなと。疫病の歴史は大体3年説というのがあるのを知っていたからそう思ったんですが、これは歴史から未来が予測できることかなと。

松井  逆に現在をよく知っていると、過去のことも何となくわかってきます。なので現在の政治や社会、文化の変化も作品づくりに役に立っていますね。現代と過去は同じ人間が作っているというのを知るとすごく面白いんですよ。

今村  僕は「未来のカンニングペーパーになるよ」とよく言いますね。

松井  それはありますね。

今村  過去を知ると未来の自分の生き方とか、自分が迷ったときにいろんな人の生き方を知っていると役立つんですよ。この状況は勝ったときの武田勝頼だなとか、こういう状況で勝頼はこっちのルートを進んでミスったから自分はこっちに行こうみたいな(笑)。

松井  あとは1度の敗けで、天下の情勢は決まらないというのも伝えたいです。当然あなたの人生も1度敗けたくらいじゃ何も決まらない、勝ち敗けがあるのは当たり前なんですよね。どんな英雄でも敗けていますし、敗けてからの巻き返しをどうしたかを歴史で見ると勉強になります。ちょっとした偶然や運で敗けたりしますしね。敗けても腐らずやっていくのが大事だと思います。

今村  歴史の英雄もみんな敗けているし、大変な目にあっているんですよね。決して勝ち続けているわけじゃないです。

松井先生

──小中学生に向けて授業をするなら何をテーマにしますか?

松井  やっぱり天下を取ってから落ちぶれて、また這い上がってきた人の話はすごく参考になると思います。そんな人だと誰がいますかね?

今村  それで言うと『逃げ若』だからという理由じゃなく足利尊氏ですかね。顕家たちに敗けて九州に逃げたとき、客観的に見るとなんで京に戻ってきたのって思いますよ。あれは後醍醐天皇たちが少しかわいそうで、実際予測がつかないかなと思います。

松井  たしかにあの這い上がり方はちょっと次元が違いますね~。尊氏の人生は参考にしてはいけませんということは『逃げ若』でも描いているつもりです(笑)。

今村  でも正成は戻ってくることがわかっていて、徹底的に追撃しようとしているからすごいんですよ。あとビッグネームでいうと織田信長ですね。結構敗けて逃げてますし、戦績で見たら50~60%くらいじゃないかなと。それで、天下統一寸前まで行っている。ちなみに上杉謙信は勝率90%を超えているんですよね。そうすると勝率だけじゃないのかなと思います。

松井  信長はここ一番の戦だと自ら先頭に立って戦うから一番美味しいところは見極めてたんだろうなと思いますね。

今村  そこはセンスの話になっちゃいそうですね。あとは、気持ちを最後まで保ち続けるのが一番重要なんだろうなと。他に身近な時代だと、明治維新の辺りも面白いかなと思います。日本の存続自体がヤバいところまで追い込まれていて、実はこの国自体が最大のリベンジャーなんですよ。

松井  江戸時代の後半になると政治のマンネリ化と硬直化で、おそらく当時は良い人材がいないと嘆かれてたと思います。そこに黒船といった異物をひとつ投げ込むだけで、日本の歴史上でも稀に見るような才能を持った人たちが一気に姿を現すんです。

今村  この記事を読んでいる子供たちが、将来日本がピンチになったときに才能が開花するかもしれないですしね。現代風に表現するならYouTuberのような人たちが一気に出てきて、大臣にまでなった感じでしょうか。

松井  迷惑系とかの人たちは野心の置き所に困っているんじゃないかなと。環境が変わったときにその野心が化けるのかもしれないですね。

──ジャンプ読者にメッセージ!

松井  頑張って完結まで『逃げ若』を描きますので、是非とも応援していただけると嬉しいです。

今村  子供の頃からジャンプは面白かったし、今も面白いです。きっとこれからも面白いですし、皆の応援でさらに面白くなるんだと思います。 松井先生が描く北条時行の生き様を最後まで見届けたいです!

松井優征(写真左)

2021年1月より「週刊少年ジャンプ」にて『逃げ上手の若君』を好評連載中。同作品は第69回小学館漫画賞を受賞。他に代表作として『魔人探偵脳噛ネウロ』、『暗殺教室』がある。

今村翔吾(写真右)

2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で小説家デビュー。『塞王の楯』では第166回直木賞を受賞。主な著書に『童の神』、『八本目の槍』、『じんかん』など多数。

「青春と読書」公式サイトでも、内容の異なる対談記事を掲載中!作品づくりについて語っているのでお見逃しなく!!

松井先生と今村先生

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© 松井優征/集英社

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