2019-10-11
『ONE PIECE』の尾田先生の描いた短編読切で、みなさんが真っ先に思い出せるのはどれでしょう。
たぶん、ワンピの原型である『ROMANCE DAWN』が上がると思います。が、サイトウは『MONSTERS』がそれに匹敵するくらい面白いと思っているので、全力で分析してみました。
『MONSTERS』は、『WANTED! 尾田栄一郎短編集』に収録されています。
ちなみに、ここからは尾田先生のチェック無し、サイトウの独断と偏見だけで書いていきます!
まず、バトルもののストーリーを盛り上げるには、以下の要素が必要だとサイトウは考えています。
①主人公と敵だけでなく、被害者を設定してあるか
②主人公の活躍によって、マイナスからプラスに転じるモノ・コトがあるか
③読者の予想を超えるポイントがあるか
『MONSTERS』は、上記3点が超絶しっかり構築されているのがスゴいんですよ!一見「ドラゴンを倒す」シンプルな物語だけど、勢いだけで描かれたものではない。むしろ面白くするために、尾田先生がものすごく計算して組み立てた漫画だ…と感じます。
では、順番に見ていきましょう。
①主人公と敵だけでなく、被害者を設定してあるか
主人公と敵だけで物語を構築すると、なかなか読者がノッてきてくれません。なぜか?どちらが勝とうと、読者に関係ないのでどうでもいいからです。なので、読者を巻き込むには「主人公を応援させる」必要が出てきます。それには、敵によって困らされている「被害者」も描くのがシンプルかつ有効です。
主人公:リューマ
被害者ポジション:フレアと、フレアの恩人に見せて実は悪役:シラノ
『MONSTERS』では、被害者役としてかつてドラゴンに滅ぼされた町の生き残り・フレアを配置しています。ドラゴンに家族を殺される過酷な境遇から立ち直り健気に生きているフレア。でも中盤、ドラゴンへのトラウマと、信じていた剣士シラノに裏切られるというダブルパンチでさすがに心が折れてしまい…。そこから、彼女を救うことが物語の目的になります。上手い!と思うのが、フレアが初めて涙を見せるシーン。
実は、彼女が泣くのを見るのは主人公リューマと読者だけ。しかもリューマに見られていることには気づいていない。ただ困ったどうしよう、と困惑するキャラでも、他人にすぐ救いを求めるだけのキャラでもなく。ぎりぎりまで一人で踏ん張るフレア。でもさすがに限界が来て、思わず涙が溢れてしまう。そんな彼女の踏ん張りを見て初めて、主人公が刃を握って駆け出す。「被害者をありきたりな記号にしない」「せいいっぱい頑張った人には手を差し伸べる」描写で、より主人公に勝って欲しいと読者を肩入れさせる。尾田先生の、『ONE PIECE』にも流れている美学が見て取れる素晴らしいシーンだと思います。
②主人公の活躍によってマイナスからプラスに転じるものがあるか
これは①と関連していますが、主人公が活躍した結果、「マイナスだったコト・モノがプラスに変わっていてほしい」と期待する読者が多いです。キャラの感情だったり物理的な問題だったり、数十ページ読んだのに何も変化してくれないと、読者は「物足りない」と感じます。この1ページ目と最後のページの変化の大きさが、「読み応え」といわれるもの、プロの読切と新人読切によく現れる差だとサイトウは考えています。
この作品では「ドラゴンを倒して、フレアのトラウマを取り除く」「ドラゴンに襲われた街が助かる」「悪党シラノを倒して、平和になる」とてんこ盛り。そしてどれも、この街にリューマが訪れなければ得られなかった成果です。しかも、「ドラゴンを倒す」「シラノを倒す」ことは、「リューマにしかできないこと」なのがポイント。
このコマで、「シラノを倒せるのは1人しかいないだろう」とさりげなく提示。
ここでは、「ドラゴンを倒せる人間なんていない」と提示。
一介の侍ではなく、「主人公=リューマにしかできないこと」が多いほど、キャラクターのオンリーワン感が際立ってきます。
③読者の予想を超えるポイントがあるか
『MONSTERS』で一番すごいと思うのは、実はこの③の豊富さ。
1:すぐキレるチンピラに見えた主人公が実はすごかった
2:いい奴に見えたシラノが実は悪党だった
3:最強のドラゴンをぶった斬った
4:キングの正体が実はリューマだった
などなど。45ページの中に色々な「驚かし」を盛り込んでいて、読者を飽きさせません。
ここまでてんこ盛りな読切は、なかなかお目にかかれないです。しかも、ただ驚かせるのではなく、すべてキャラクター立てにつながっている「驚かし」なのが神業。細かく見ていくと…。
1、4:主人公が実はすごかった&キングの正体が実はリューマだった
冒頭では、「鞘が当たっただけでキレるチンピラ」っぽくリューマが描かれます。
これはミスリードで、後半で「鞘当てだけでキレる短気な主人公」から、「鞘当てを簡単にしてしまうシラノのほうこそ兵(つわもの)と呼べない→実は悪党だったから」と、意味が反転。主人公の価値観に基づいたセリフなので、やたら説得力があります。
序盤はリューマを小者に思わせてからの…
実は…というひっくり返し
また、最後のページで明かされる、主人公リューマだけ自分が「キング=伝説の最強剣士」と呼ばれていることを知らない…という演出も、すごく効いています。しかも倒す前でなく、倒したあとに初めて明かされるので、「ドラゴンを一撃で倒した!?倒せないんじゃなかったの!?」という大きな驚きも作れるわけです。尾田先生の漫画は、盛り上げるための「情報を出す順番」が上手いな~といつも思います。
2:いい奴に見えたシラノが実は悪党だった
「味方だと思ったら敵だった」は、ぶっちゃけよくある展開です。が、『MONSTERS』がすごいのは、それを山場ではなく中ボスに持ってきて、さらに瞬殺したところ。
↓
シラノを倒すだけなら、よくある展開の読切で終わったところを、そこから読者の予想を超えてさらにドラゴンまで倒すところまで描く。
個人的に注目したいのは、読者にシラノを「正義の味方」と感じさせるために手を抜かず本気で書いていること。前述の鞘当てシーンや自分が犠牲になろうとする描写を挟んで、念入りに読者を驚かせる仕込みをしています。
もしあなたの作品で、読者をひっかけて驚かせたいポイントがあるなら、ここまで丁寧に仕込んで、初めて効果が出る…と思ってほしいです。裏切りそうな奴が裏切る展開、では読者は引っかからないので。
3:最強のドラゴンをぶった斬った
おまけページで、尾田先生は「見開き(2ページが真ん中でつながっている絵。大きく描ける)で竜を斬りたかったという衝動からスタートした」…と言ってます。
なので、「どうすれば竜を斬るシーンが盛り上がるか」と逆算していったのでしょう。となると必要なのは「ドラゴンがどれだけヤバイかという描写=こんなの倒せないでしょと読者に思わせること」です。
もう、これでもか!というほど念押ししてますね。ここまで竜の強さと恐ろしさをあおっているからこそ、竜を斬るシーンが輝きます。この「目的から逆算して、必要な描写を足していく」物語の組み立て方は、プロの作家さんほど丁寧に行っている印象です。
以上、語り始めたらすごい長くなってしまった…やはり漫画の話は止まらないですね…作家さんと他の漫画の話をする時は、だいたいこんな雰囲気です。
まとめると、①②の盛り上げる基本をきちんと抑えたうえで、③をてんこ盛りにする。『WANTED! 尾田栄一郎短編集』収録作品はどれも尾田先生が面白くするために隅々まで考えている(私見)ので、他の作品もぜひ読んでほしいです。
モミーに言われたので『WANTED! 尾田栄一郎短編集』
電子書籍のリンク貼っておきます。
次回は、打ち合わせや漫画の話をする時に注意したい「すれ違い」について書きます。
© 尾田栄一郎/集英社