ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
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第2章 1/2

 日曜日の電車はそこそこ空いていた。

 午前九時にほんごうだい駅で待ち合わせてぎし線に乗り込み、木佐は三人掛けの席に腰掛けて、自分と隊長に隣に座るように促した。電車がゆっくりと動き出し、三人の頭がぐらっと横に傾いた。

ぞうはな中学校って、ここからどのくらいかかるの?」

「乗り換え待ちも含めると四十分くらいかな」

 明浜市立中学校対抗公式団体戦、――通称、市内対抗戦の事務局は毎年持ち回りで、今年は象の鼻中学校の渉外連絡会が事務局だ。今日は市内対抗戦を行うにあたっての会議が開催されるため、事務局のある象の鼻中学校を訪ねる事となっている。今回、市内対抗戦に出席するだけではなく、事務局が保有しているプール金解体を提案しようとしているだけあって、隊長の表情はどことなく緊張している。

 電車が動き出してしばらくしてから、隣に座っていた木佐が声を潜めて呟いた。

「……事の始まりは、やっぱりあたしたちなの」

 いつもは熱血過ぎて話の最後で大声になってしまう木佐も、公共機関ではお静かにという基本的ルールを遵守する気持ちはあるらしい。

 隊長が木佐の方を向いて、首を傾げた。

「市内対抗戦? それともお金を賭けてる話?」

「残念ながら両方とも。二人はボランティア不足問題って知ってる?」

 隊長と一緒に首を振る自分を見て、木佐がいつものように真面目な顔で口を開いた。

「あたしはね、ポーカーの公式団体戦を開催するにあたって、会場設営やディーラーを務めるボランティアは東本郷中学校で最も貴重な人材の一つだと考えてる。彼らの協力なくして東本郷中学校でポーカーをする事なんてできないでしょ?」

 それはまあ、そうだろう。

 中学一年生の春から必死にポーカーのルールを覚え、公式戦開催準備に会場設営、その他有象無象の小間使いに耐え忍び、いよいよディーラーとしてデビューできたかと思ったら、チップの計算を間違えると陰口を叩かれ、「こいつ、一〇〇ドルって言った! レイズ無効! レイズ無効っ!!」、「今のは確認だから! そうでしょディーラーさん!?」みたいな事を言う幼稚園児のようなプレイヤーをなだめ、バッドビートを食らったプレイヤーのぞうごんにめげる事もなく、必死にボランティア活動を続けるのだ。

 そう、すべてはポーカー審議会選挙で当選し、明浜市立高校への推薦入学のチケットを手に入れるために。

「でも、一学年で二十名近く在籍するボランティアの中から、ポーカー審議会に選ばれるのはわずか五名。落選したボランティアがそのまま引退してしまうのも無理からぬ事でしょ?」

 今年の五名に選ばれた木佐は、同情するように胸に手を当てた。

「ポーカー審議会選挙が行われた直後の秋口から来年の新入生という新たなにえが見つかるまでの間、ボランティアが足りなくなっちゃう。ボランティアを集める予算もなく、その時期のためだけにディーラーを育成する事は難しい。だから、当時のポーカー審議会はこう考えた。『校内でボランティアが足りないのであれば、校外でかき集めるしかない。明浜市内の中学校にポーカー活動を広めて、貴校におけるポーカートーナメント実演研修とか何とか理由をつけてボランティアを募ろう』……これが渉外連絡会の発足した経緯。だから市内対抗戦というか、明浜市にポーカーを広めるという動機そのものが方便で、実際には他校の生徒をうちで働かせるための策略なの!」

 その大声に慌てた隊長が口元に人差し指を立てる。

「ちょちょちょ、木佐さん。声落とさなくちゃ」

「――ごめんっ、つい」

「まあ、世の中大体そんなもんだろ。持ちつ持たれつお互いに」

 あくびをしながらそう告げると、木佐は曖昧な表情で頷いた。

「江頭さんにはもう話したけど、プール金についても浦原くんに説明しておくね」

 そこで電車が隣駅に到着した。

 信じられないような冷気が入り込んできて、いかにも体温が高そうな隣の木佐に「もう少しくっつこうぜ」と提案したら心底嫌そうな顔をされた。木佐は隊長の方へとにじり寄り、隊長が「よしよしおいでおいで」と嬉しそうに木佐の肩を抱き寄せた。

 これまで隊長が女子と話している光景はあまり見た事がなかったが、プライベートでは意外と感情表現が豊かな女子らしい。モンスターズに在籍している子分四人と接する時は斬首刑を好む女王のような振る舞いをするが、こういうのを見ると人並みの女子中学生なんだなとしみじみ思う。

 電車が再び動き出し、周囲に人がいない事を確認してから、改めて木佐が声を潜めた。

「プール金の発案者は、五年前に取沢とりざわ中学校に在籍していた生徒。元々は校内で行われるポーカートーナメントに比べて、遙かにお金が掛かる市内対抗戦を円滑に行うために提案したと言われてるわ。関係者の間では便宜上、『あしながおじさん』って呼ばれてるの」

「ひどいネーミングセンスだ。……捻出方法は?」

「やり方はシンプルよ。例えば、各校の渉外連絡会が一斉にポーカー活動用品購入――ポーカーテーブル、トランプ、チップ、パソコンとか――の申請を行って、一つの学校が一〇万円で購入したポーカー活動用品を他の六校で使い回すと貸借対照表バランスシートをすり抜けた六〇万円が生まれる。これを数年間繰り返して、大規模なプール金を作ったの」

「で、そのプール金がどうして賭けの原資に化けた?」

 その言葉を聞いた木佐と隊長が二人揃って溜息を吐いた。

「四年前に東本郷中学校で大規模な財源不足が発生したの。倶楽部はその役割の重要性からほぼ無制限の予算を供給されていたけれど、往々にして使い過ぎちゃってね。……ポーカー審議会がその不足分をてんしようと潤沢なプール金に目をつけたの。『あしながおじさんを胴元にして各校でお金を賭けませんか? ちょっとした余興ですよ、大人だってゴルフで一〇〇円握っているでしょう?』みたいな誘い文句で。他校のほとんどは反対したらしいんだけれど、明浜市内のポーカー活動は東本郷中学校の一極支配だから無理矢理呑まされたみたい。そして四大会連続で東本郷中学校が優勝してプール金をかすめ取ったっていうお決まりの流れになっちゃった」

「毎度の事だが、うちの学校のごり押しっぷりには驚かされるな……」

 ――東本郷中学校のポーカー審議会は、明浜市内のポーカー活動における事実上の最高意思決定機関である。

 その下に初心者講習会やディーラー養成所など多数の外郭団体が設置されており、明浜市内にポーカー活動を布教する目的で設立された渉外連絡会もその一つである。

 渉外連絡会は東本郷中学校の提案に賛同した明浜市内の六校にもそれぞれ設けられ、各校のポーカートーナメント開催や他校との交流活動を担っているが、そんな彼らも予算配分の実権を握るポーカー審議会の支配下にあり、それは稟議書の最終決裁者が我が校のさかきばら委員長である事からも読み解く事ができる。

 いずれにせよ、所詮彼らは外郭団体であり、すべてはポーカー審議会の胸三寸で決まる。渉外連絡会とて、自分たちの手で作り上げたプール金をポーカー審議会が奪うのを好ましくは思っていなかっただろう。

「去年の賭け金は二万八〇〇〇円で、やっぱり倶楽部が優勝したから五万六〇〇〇円が返ってきた。でも、倶楽部の人達は誰もお金を賭けてなくて、ポーカー審議会の有志が集めたお小遣いが賭けの原資だったみたい。あ、一応言っておくけど、今年度のポ審予算は問題ないからね。これは九代目のかしさんが清貧に甘んじていたからで――」

 樫野さんの潔白を証明していた木佐の声が車両全体に響き渡るようになっていたので、隊長と同じように口元に人差し指を立てた。

「木佐、声が大きいって」

「――ごめんっ、つい」

 昨年の大会では倶楽部が優勝したのだから、樫野さんやつきもりもこの件を認知していたに違いない。

 自分たちの勝敗が賭けの対象にされて、樫野さんはどんな気持ちだったのだろうか。ポーカー審議会や渉外連絡会のご機嫌取りも必要だと思っていたのか、内心ではポーカーテーブルに金を持ち込む事に反発していたのか、好きにやってくれと笑っていたのか、もちろんそれは分からない。

……プール金を管理してるのは象の鼻中学校の渉外連絡会って事でいいんだな?」

「実質的な責任者はそこのトップの篠原しのはらくんって事になるね」

 その名前を聞いて思わず溜息を吐く。

「苗字に『原』がついているやつに悪い奴はいないというのが俺の持論なんだがなあ」

 木佐が笑った。

「悪い人じゃないよ。ただ、あたし達とは立場が異なるってだけ」

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