ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
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第3章 1/2

「状況を整理しよう」

 静寂に包まれた第五自習室でやなぎが立ち上がった。

 部屋の中央に掲げられたコルクボードの中央に、ポーカーモンスターズのロゴ────これはサークル結成時にあかむらがデザインしたもので、驚くほど良い出来栄えだった────がプリントされた厚紙を押しピンで留める。そして、各校から送付された王座戦挑戦状をその周囲に留めていく。

 まるで市内対抗戦に出場する六校から追い詰められているかのような図解に、事態がどれほど深刻なのか改めて思い知らされた。

「僕らは市内対抗戦の裏で金銭が動いている事を知り、市内対抗戦会議でその原資であるプール金、通称あしながおじさんの解体を提案する事となった」

 僕らは、、、という表現を聞いた隊長が、わずかにじろぎした。

「しかし、僕らの提案は市内対抗戦に出場する他の六校から否決された。プール金の積み立てに進んで協力し、それを原資にしてけをしようと強引に他校に迫り、最強サークルであるが何度もプール金をかすめ取った後で、今さらプール金の解体を主張するなどもってのほか。他校の言い分は大体そんな感じだったかな?」

 まるで見てきたかのような柳の言葉に、自分と隊長とそろってうなずく。

「よし、大体の流れは分かった。それじゃあ王座戦挑戦状なんて物騒なものを持ち出した彼らの意図を探り、交渉するか、譲歩するか、撤退するか、僕らの対応策を検討しよう。────さかきばら委員長、他に誰か人を呼ぶかい?」

「結構だ。今この場にいる面々で結論を出す」

 榊原がうなった。

 今、この場にいるのはポーカーモンスターズの五人、それにポーカー審議会の最高責任者である榊原委員長、ポーカー審議会と渉外連絡会を兼任している木佐委員だ。

 自分の隣に座って真剣な表情で漫画を読んでいるこのの肩を掴み、

「小此木、漫画読むのやめろって」

「もうちょっとだけ。今、主人公たちとライバルが共闘する良いシーンだから」

 小此木の発言を無視して、柳が両手をぱちんと鳴らした。

「まずは王座戦挑戦状だ。過去、東本郷中学校の中で王座戦挑戦状が飛び交った事はあったけれど、他校から王座戦挑戦状をもらった事はなかったはずだ。木佐さん、規約は確認できた?」

 分厚いパイプ式ファイルを膝に置いて、日に焼けたわら半紙をぱらぱらとめくっていた木佐は目を落としたまま呟く。

「規約の第十七条で『公式団体戦において、明浜撲克ポーカー倶楽部はいついかなる時にどんなサークルに王座戦を挑戦されても拒否する事はできない』って書いてある。市内対抗戦の正式名称に『公式団体戦』って文言があるから王座戦の申し込みは可能だね。それと直近の規約で『すべての条文におけるサークル【明浜撲克倶楽部】は、以後サークル【ポーカーモンスターズ】に置き換える』ってなってるから、他校の王座戦挑戦状は効力を有してるはずだよ」

 一斉に溜息が漏れた。

 王座戦挑戦状の効力は東本郷中学校の校内限定ではないかという淡い期待があったのは確かだ。

 再び静かになった第五自習室の真ん中で、柳がコルクボードに留められた王座戦挑戦状の一枚をとんとんと叩いた。

「では次に、彼らの真意を探ろう」

「真意って?」

 自分と赤村が同時に尋ねた。

「市内対抗戦に出場する六校は、明らかに連携して僕らに王座戦を挑んできた。彼らは互いにつながっていて、共通の目的がある。それが何なのかを考えないと、僕らは対応策を検討できない」

 王座戦を申し込んだ目的なんて一つしかないはずだ。

 に座ったまま首をっ切る仕草をして、

「俺達を潰す事じゃないのか?」

「理由は?」

 柳の穏やかな視線に少し物怖じしながら、

「今さら理不尽な主張をする俺達に、正義のてつついを下すために」

「何のために?」

「達成感に浸れる、と思う」

 自分の発言を聞いた柳が鼻を鳴らした。

「それはちょっと幼稚すぎると思わないかい? 感情の赴くままに行動して、スカッとしたらそれでハッピー? それじゃあ類人猿とそんなに変わらないと思うなあ」

 感情の赴くままに行動して、倶楽部をやっつけた自分としては耳の痛い台詞だ。

 類人猿代表として精一杯頭を働かせて、柳の言いたい事を考える。

 市内対抗戦に出場する六校は利害が一致していて、何らかの目的のために王座戦挑戦状を送ってきた。しかしモンスターズを潰したところで奴らは何一つ得をしない。だったら、

「……王座戦挑戦状は示威行為に過ぎないって事か? 本当の目的は俺達から何らかのリアクションを引き出す事で」

「僕はそう考えている。プール金解体を主張した僕らから譲歩を引き出す、もしくは永久にほうむり去る。おおむねそんなところじゃないかな」

「腹立たしいけれども、筋は通るよね」

 木佐が鼻息荒く同意した。

「つまり僕らは、彼らの王座戦挑戦状に何らかのアクションをしないといけないわけだ。具体的には交渉、譲歩、撤退ってところだね」

 柳が紙にサインペンで「交渉」、「譲歩」、「撤退」とびっくりするほど汚い文字を書いた。そして「交渉」の紙を手にとって、モンスターズのロゴの真下に押しピンで留めた。

「交渉の場合、一校ずつ渉外連絡会の責任者とせつしようし、彼らの王座戦挑戦状を取り下げてもらう。時間が掛かるし、実際には六校のうち、半分も取り下げられれば御の字だ。加えて、彼らは僕らの足元を見て困難な要求をするだろう。明浜市が東本中に特別に支出しているポ審予算の一部を自分達に回せとか、市内対抗戦の費用負担割合を見直そうとか」

 榊原がぶるぶると震えた。

「ポーカー審議会ではまさに口が裂けても言いたくない類いの提案だな」

 続いて柳が手に取ったのは「譲歩」の紙だ。それを「交渉」の隣に留めて、

「譲歩の場合、プール金については今後一切言及しない等の誓約を条件に、市内対抗戦に出場させてもらう。そこまですれば他校も王座戦挑戦状を取り下げる可能性が高い。この問題がこじれればこじれるほど、教育委員会に露見してしまうリスクが高まる事は彼らも理解しているからね。これは後腐れなく、現実的な妥協案として記憶に留めておいて欲しい」

「だったら、『お前らがプール金解体を認めないなら、教育委員会に訴えてやる』ってのはどうだ?」

「過去にプール金の積み立てに協力し、あまつさえその金を賭けて戦おうと主張した東本中のポーカー活動は永続的に不可能になるだろうな」

 名案を思いついたとばかりに意気込んだ赤村の提案は、榊原によってあっけなく否定された。

「さて、最後の選択肢だが、」

 じようぜつな柳の横でうつむいている隊長をいちべつする。

 隊長はこの打ち合わせが始まってから、一度も口を開いていない。

 皆が対応策を検討しているのを、どんな気持ちで聞いているのだろうか。自身の主張が混乱を巻き起こした事を申し訳なく思っているのか、わからず屋どもの思わぬ反撃に怒りを覚えているのか、もしくは心にしっかりと鍵をかけて事態を静観しようと思っているのか。

「撤退は文字通り、市内対抗戦に出場しない事だ。面倒事から解放される反面、リスクはかなり大きい」

「リスクはかなり大きい、、、? 小さいんじゃなくて? 撤退した時のリスクなんて、東本中の多くの生徒から『モンスターズは腰抜けだ』って後ろ指を差されるくらいでしょ? もうすぐ冬休みに入るし、年が明けたら誰も気にしないと思うけど」

 木佐の発言の通り、我々モンスターズは風評被害に慣れているが、柳は少し違う視点から事を見ていた。

「それだけじゃないんだ。僕らがここで欠場した場合、市内対抗戦の出場校は『あいつらは俺達に屈した』と考えるだろう」

「意外だな。柳はそういうの気にしないと思っていたよ」

 自分の発言を聞いて柳がもどかしそうに首を振った。それを見た榊原が口を開く。

「柳の発言はこう言い換えてもいい。『あいつらは王座戦挑戦状に屈した。だから、来年以降もみんなで王座戦を申し込めば、あいつらは二度と市内対抗戦に出場できない。そうなれば、プール金は俺達のものだ』」

 なるほど。

 恐らくこの問題は、今後の東本郷中学校における対外試合の行く末を左右する試金石と成り得る。

「試算によればプール金は約三〇〇万円という大金だ。彼らは決して譲らないだろう」

 あしながおじさんの絵の下に「三〇〇万円」と書きながら発した柳の一言に、第五自習室に再び静寂が訪れる。

 東本郷中学校のポーカー審議会の今年度予算が約五〇万円である事を鑑みると、渉外連絡会の事務局はずいぶんと金策に長けた連中らしい。

 沈黙を切り裂いたのは木佐だった。

「どんなに小さいリスクであろうとも、モンスターズがなくなってしまう危険は冒せない。あたしは出口戦略を主軸に考えるべきだと思う。榊原くんの意見は?」

 ポーカー審議会は、金銭を賭けたポーカーをプレイできない環境を構築するために、生徒達にサークルを作らせた。

 金を賭ければ弱いプレイヤーはサークルを辞めてしまい、サークルを維持できない。ゆえにサークル内で金を賭ける事は────少なくとも教育委員会が乗り込んでくるような金額の勝負は────避けられる。そのサークルの最大の目的が、打倒明浜撲克倶楽部であり、今はポーカーモンスターズになっている。故に王者の不在は避けなければならないという木佐の意見は論理的に正しい。

 榊原は木佐の意見に同意した上で、モンスターズ五人の顔を見渡した。

「ポーカー審議会の代表としては撤退を推奨したい。もちろんポーカー審議会は王座戦挑戦状を送りつけてきた各校を非難する声明を出し、新聞部と連携して風評被害対策を講じる。他校もプール金について公表できないから俺達の声明を静観せざるを得まい。異論がなければすぐにでも────」

「異論ならあるぜ」

 天パが揺れた。

 榊原が目を細めて、腕を組む赤村をにらみつける。

「どっちだ。交渉か? 譲歩か?」

「……交渉、譲歩、撤退。もう一つ選択肢があるのを見逃してないか?」

 赤村が第五自習室にたたずむ面々を見渡して、胸元に握り拳を当てた。

「反撃だ。王座戦挑戦状? やりたいならやってやろうぜ。正々堂々勝負して、奴ら全員二度とポーカーができないようにとっちめてやればいい」

 おっとっとっと面白くなってきたとばかりに小此木が今まで読んでいた漫画本をぱたんと閉じて、赤村を見つめて目を輝かせた。

 正直、自分にとっても心躍る提案だった。

「感情の赴くままに行動して、スカッとしたらそれでハッピー。少なくとも俺はそうだ」

 類人猿の友達ができたのは喜ばしいが、なんだか馬鹿が増えただけのような気もする。

「……柳、どう思う?」

 しかし榊原は冷静だったし、話を振られた柳もやはり冷静だった。

「気持ちは分かるよ。でも、僕らの目的はあくまでプール金解体だったはずだ。仮に今回の王座戦を受けて他校のプレイヤーを全員倒したとしても、来年以降もプール金は残り続ける。そしてプール金を解体するすべを僕達は有していない。ゆえに無為無策のまま王座戦を受けて立つのは同意できない」

 そうなのだ。

 王座戦の問題を抜きにしたとしても、こちらの主張がけられた今、プール金を解体するのはどうやっても不可能だ。作戦続行が不可能な以上、いかに損失を抑えて撤退するか、その出口戦略をどのようなものにするのかを論じるべきだと柳は主張している。

 はーつまんねーとばかりに意気消沈した小此木が、再び漫画本を手に取った。

たえちゃん。君はどう思う?」

 伏し目がちな隊長に、柳が優しく声を掛けた。

 これまでずっと黙っていた隊長が、ようやく視線を柳に向けた。

「妙ちゃんは市内対抗戦の話が来た時に、悪しき風習を断ちたいって言ってたよね。反対意見もあったが、最終的に僕らは妙ちゃんの意見に合意した。君は持論に固持して強行したのではなく、モンスターズの代表としてプール金の解体を呼び掛けたんだ。こんな結果になってしまったが、だからこそ、君の意見が聞きたい。プール金解体案を否決され、当てつけとばかりに王座戦を申し込まれたポーカーモンスターズの大将としての意見が聞きたい。市内対抗戦に出場すべきでないと思うのなら、赤村くんを────それと内心では赤村くんに同意しているうらはらくんも────説得するし、もしも王座戦を受けて立つべきだと思うのであれば、」

「────受けて立つ? ふざけるな、そんなものを俺が許可すると思うか?」

「榊原委員長」

 柳はいつものように薄ら笑いを顔に貼り付けて、噛み付いてきた榊原を見下ろした。

「少し誤解があるようなので説明しておこう」

 揉め事の気配を感じ取ったのか、小此木が満面の笑みで漫画本から目を上げた。

「僕はポーカー審議会のしようへい委員だが、その前にポーカーモンスターズの一員で、江頭さんの持ち駒の一つだ。僕は客観的な立場で物事を見極め、できるだけ多種多様な選択肢を彼女に用意するためにここにいる。それが更なる困難を招くとしてもね。……いいかい? 君のために動いているわけではないし、君に選択肢を用意するわけではない。決断するのはあくまで彼女だ。常日頃から校内のポーカー活動の秩序を守っている君の事は強く尊敬しているが、これは決して譲れない」

 柳は時々、びっくりするくらいしんらつな物言いをする事がある。しかしそれは、あくまで相手を信頼しているこそなのだ。相手が信用ならなかったり、どうでもよかったりするなら、柳は怒りや不信感を抱かせないような物言いで、そつなく相手をかいじゆうする。

「くそ、今頃教えてくれてありがとうよ」

 榊原もそれが分かっているからか、あっさりと退いた。

 そして自然と皆の視線が隊長に集まった。

 ────この部屋の中で、隊長の真意を知っているのは自分とポーカー審議会のトップである榊原だけだ。

 先程、柳は真意が分からなければ対応策を検討できないと主張した。

 まったくもって同感だ。

 隊長の真意を知らなければ、きっとプール金解体を主張する隊長は、市内対抗戦の出場者からも、ポーカー審議会の関係者からも、ポーカーモンスターズの仲間からも、単なる良い子ちゃんにしか見えないだろう。その主張の裏に、兄のような人間を出したくないという、もっと人間臭い感情が込められている事は誰も知らない。

「撤退だ」

 榊原がテーブルを叩いて、自分に注目を集めた。

「正直言って譲歩も避けたい。将来的にプール金の存在が露呈したとしても、長期間、市内対抗戦に出場していなければ我が校だけは逃げ切れる」

 榊原が隊長の顔を覗き込んだ。

「江頭さん、ここは辛いところだが辞退しよう」

 隊長は目をつむってじっくりと考え込んだ後、細く長い溜息を吐いた。

「……正直に言って、ものすごいムカついています。自分に」

 少しだけ驚いた。

 隊長が怒りを表現するのはあまり見られるものではない。

「もっといやり方があったはずだし、市内対抗戦出場校の人達の気持ちをもう少し考えておくべきだったのに、自分の感情を優先してしまったから。でも、既に状況は動いています」

 隊長は榊原の方を向いて、素っ気なく頷いた。

「残念ですが、ポーカーモンスターズは市内対抗戦を辞退します。榊原くん、ポーカー審議会と新聞部部長を招集して風評被害対策会議のはずを────」

「────なんでですか?」

 意外にもその声の主は赤村だった。

 赤村が隊長に反論しているという飼い犬に手をまれるを地で行く状況に、隊長の表情からもわずかな動揺が見て取れた。

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