ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
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第1章 1/2

 第五自習室のドアノブはびっくりするくらい冷たかった。

 部屋の中央にどかんと置いてあるポーカーテーブルにもらったばかりの校内新聞を置いて、とりあえず日課のようにちょっと格好良い感じで「Poker Monsters」と窓ガラスに文字を書き殴り、熱いカフェラテでも飲もうと思ってガスコンロの上のモカ・エキスプレスに火を掛けながら、十二月のカレンダーを見る。

 まったく平和な冬の一日だ。

 らしが吹いて外はめっきり寒くなり、窓ガラスは結露がひどい。隊長は結露を放置しているとカビが発生するとやつになって乾いた雑巾で拭いているが、男四人はどこ吹く風で結露した窓に指でいたずら書きをして遊んでいた。

「やあ、うらはらくん」

 第五自習室の扉が開いて声が聞こえた。特に見向きもせず、ぼーっとガスコンロの火を眺めながら、

「カフェラテ飲むか?」

「いいねえ。僕はエスプレッソにしようかな」

 冷蔵庫から取り出した牛乳を自前のコーヒーカップに入れながら、声を掛けてきた男を横目で見る。

 やなぎである。

 我らがポーカーモンスターズの頭脳であり、落ち着いた物腰と穏やかな物言い、そしていつも浮かべている笑顔が特徴的だが、その笑顔が薄っぺらいといつも皆から言われている。

 この男は高校入学を有利にするために、校内のポーカー活動を取り締まるポーカー審議会のポストを求めてこのサークルに加入した。なんて不純な動機だと思うかもしれないが、このサークルは経歴不問・動機不干渉が原則だ。

「本当はもっと早く来たかったんだけれども、各サークルの補正予算打ち合わせが長引いちゃった」

めたのか?」

 牛乳を入れたコーヒーカップを電子レンジに突っ込んでから振り向くと、柳はデミタスカップを指で掲げながら皮肉な笑みを浮かべた。

「予算配分ってのは、幼稚園児に大きさの違う飴玉を配るようなものだからね」

 そりゃ揉めそうだと呟きながら、こぽこぽと音を立てるモカ・エキスプレスを眺めていると、扉が勢い良く開いた。

「誰か校内新聞読んだか!? まーた新聞部がある事ない事書いてるぞ!」

 赤村あかむらだった。

 険しい相貌と粗野な言動が目立つが、割と気弱な一面も持ち合わせる複雑な思春期少年である。かつてはサッカー部のエースであったが、先輩とひともんちやく起こした後に引きこもりとなり、その先輩に恥を掻かせてやろうとこのサークルに加入した天然パーマである。引きこもり時代の話には触れない事がサークル内の暗黙の了解となっている。たまにこの男が使った後のパソコンの履歴を調べると「縮毛矯正」という検索ワードが出てくるが、それもやっぱり触れない事となっている。

「まだ読んでないが、どうせ俺たちの中傷記事だろ?」

 ポーカーモンスターズには敵が多い。元々協調性など皆無の面々だし、校内の尊敬を一身に集めていた明浜あけはま撲克ポーカー倶楽部くらぶを打ち倒した事も広く不興を招いた。

 赤村がポーカーテーブルの上に置いてあった新聞に手を伸ばす。赤村は見開きの記事を読むなり顔をしかめて、

「ほらこれ、夜中に校舎に忍び込んだ生徒と俺たちを結びつけてる。しかも根拠は何一つないんだぜ」

「どれどれ」

 確かに校内新聞の記事には「校舎に現れた謎の釣り人!」の見出しと共に、真夜中に釣り竿を持った子供たちを見たという目撃者の証言や、その日に校内で赤外線警報機に引っかかった話を紹介し、記事の最後で「最近校内を賑わせているポーカーモンスターズとの関連性について調査を続けていく」との記述があった。

「あいつらは、この界隈で事件が起きると全部俺たちのせいだと思ってる節があるからな」

 赤村と二人揃って鼻息荒く腕を組む。

 賢明なる読者諸氏はマスメディアにありがちなあおり立てるような記事に憤慨するかもしれないが、どうか安心して欲しい。釣り竿とタモを持って夜中の校舎に忍び込み、屋上のプールで夜釣りを敢行したのは紛れもなく我々なのである。

 長い長い溜息を吐き終えた赤村が手にした新聞を振って、

あねの目に入る前に処分しておいた方がいいな」

「もう遅い。昼休みに新聞記事の件でインタビューを受けてた」

「だとよ主犯格」

 赤村が部屋の隅に向かって声を張り上げると、第五自習室の掃除ロッカーの隙間から大きな瞳がこちらを覗き込んだ。

「……気配殺してたんだけど、分かった?」

「ロッカーの扉に制服挟まれてたから一発で分かった」

「浦原くんも気付いた?」

「もちろん。てっきり自戒のために入っているものかと」

 ロッカーを開けたこのが力なく微笑んだ。

 見た目は人畜無害なおかっぱ少年だが、このサークルにおいては人畜無害な見た目ほどヤバい奴という法則がある。端から見ると悪そうな顔をしている赤村や自分は、むしろ常識人枠に入ると思う。

 面白い事、、、、をするために命をけている小此木は海外の電脳カジノで荒稼ぎをしていた犯罪者であり、とっ捕まえた我々が脅し、その犯罪行為を黙秘する契約でこのサークルに参加している。

 こいつは電脳カジノでは日本円にして数百万という大金を稼いでおり、警察に監視されている電脳カジノの口座から合法的な手段で軍資金バンクロールを引き落とし、ちゃっかりその手中に収めているらしいが、その詳細は仲介を行った柳と資金保有者の小此木のみが知っている。

 小此木は第五自習室の隅に張ってあるハンモックに座り込んで、

「隊長の怒りが収まるまで静かにしていようかなあって。ねえ、浦原くん。隊長どのくらい怒ってた?」

 はて、と左上に視線をやる。

 昼休みに新聞部からインタビューを受ける前、二年四組の教室の戸を開いた隊長は開口一番、浦原くん! と声を荒らげていた。

 小此木くん見なかった!? そう。校内新聞見た? 知らないわよ夜釣りって何よ何なのどうして小此木くんはこうやって厄介事を持ち込んでは大きな騒ぎにしちゃうの!? ああもう新聞部に捕まって「いやぁ、それぼくなんですよお騒がせしてすみません」とか言う前に口封じしなくちゃ。じゃあ見つけたらすぐに第五自習室に出頭するように言ってよね。――あ、新聞部のながさん。どうしたの? 最新号? ううん、まだ読んでないけど。……学校のプールで夜釣り? 某O氏が竹で釣り竿を作っていた? 知りません、初耳です。すみませんが、個別の案件についての見解は控えさせていただきます。ちょっと道を空けて!

「……あんなに怒った隊長は久々に見た」

「過去の事件で言うと?」

「んー、セミ事変くらい?」

 その言葉に小此木が青ざめた。

 セミ事変とは、登校の途中で捕まえたミンミンゼミを小此木が第五自習室にこっそり放ち、虫を苦手とする隊長が激怒した事件だ。隊長の鼻面にセミが止まった瞬間は男四人とも死ぬほど笑い転げたが、その瞬間、隊長はセミをむんずと掴み、空いていた窓から地面に向かって目にも留まらぬ速さで投げ放った。セミはグラウンドの土に強く叩き付けられた後、地面を滑ってまっすぐな線の跡を残し、その天寿を全うした。セミに罪はないのに。

 その後、第五自習室にセミを持ち込んだのは誰か。そいつを一発殴らねば気が済まないとシャドウボクシングを始める隊長の姿に、男達は大いに戦慄を覚えたのであった。

 今回、小此木は「プールの水が凍ったら、中にいる魚がどんな感じで凍るのか気になったから」というえらく残虐な理由で、近所の川で捕まえた魚を真冬のプールに放流したと供述している。魚そのものは隊長に気付かれる前に男四人で秘密裏に捕獲キヤツチ放流リリースしたのだが、隊長の耳に入ってしまった以上、セミ事変と似たような結末に至るであろう事は容易に想像できた。

 ご愁傷さんと呟いて、モカ・エキスプレスを手にとって牛乳の入ったマグカップと柳のデミタスカップにエスプレッソを注ぐ。ふと視線を横に動かして、

「ところで、そこに置いてあるクッキーはどうした?」

 おんぼろノートパソコンの横に置いてあった手作りのクッキーを見つけて誰ともなしに呟くと、ハンモックで読書を始めていた小此木が顔を上げた。

「それ、もらいものだから食べていいよ」

「ありがたい、腹減ってたんだ」

 クッキーを手にとってシャーロック・ホームズ全集を読んでいる小此木を見る。普段のこいつなら我先にクッキーに手を伸ばしそうなものだが。

「なんでお前ら食べないの?」

「うん、もう少ししたら食べようかな……」

 妙に歯切れの悪い小此木の返事を聞いて、再びクッキーに視線を戻す。

「隊長が来たら皿ごと食べられちまうぞ。その前に全部食べて証拠隠滅しちまおうぜ。そういえば誰が作ったんだこれ。見た目が綺麗だから月森つきもりって事はないだろうが、戸叶とがのう? 片木かたぎ? それとも――」

「うちの姉ちゃん」

 小此木が発したその言葉を脳が理解したのは、まさにクッキーが口に入る瞬間だった。

 そうっと手を動かしてクッキーを口から取り出す。

「……大丈夫か、これ」

 小此木の姉は東本郷中学校でも比類なき危険人物だ。そんな人物の手作りクッキーを食べるくらいなら素人の捌いたふぐを食べた方がマシだという人だっていよう。自分だってそっちの方が安心できる。

 手にしたクッキーをまじまじと見つめる。

 見た目は問題ない。チョコチップが混ざっていたり、真ん中にいちごジャムが乗っていたりするが、極々普通の手作りクッキーだ。匂いを嗅いでも異臭はしない。

「依存性のあるものとか入ってないだろうな?」

「分かんない」

 危ないと思ったら降りるフォールド、その勇気が大切だ。

 手にしたクッキーを皿に戻して、手についたかすを床に払った。そして他の三人に向かって重々しく頷く。

「これは隊長に残しておこう。きっと少しは怒りを抑える役に立つはずだ」

 隊長は部活棟の入り口でポーカー審議会の委員に捕まっていたので、第五自習室に来るまではまだ時間が掛かると思われる。

「浦原くん」

 小此木が座っていたハンモックを吊した柱の先を指差して、

「ハンモックを吊した釘みたいなのがそろそろ抜けそう」

「そんなもん自分でやれ」

「誠に遺憾ながら、身長が足りないようです」

 小此木は中学二年生にしてはかなり小柄なので、椅子を使っても届くまい。

 その辺りにあったとんかちを手にして空いていた椅子に上がり、ふと二か月前にも同じ事をしたなと思いながらハンモックの紐を吊したフックをとんとこ叩く。

 ――秋に入り、最初に行われたのは第五自習室の模様替えだ。

 納涼お月見杯を終えて、元気に登校してきた日の放課後、意気揚々と第五自習室にやって来たポーカーモンスターズを出迎えてくれたのは、ポーカーテーブルとその上に乗っていたチップとトランプだけだった。元々の家主であるうさぎ強盗団の奴らはありとあらゆる私物、椅子や書籍の詰まった本棚、自分達がうさぎ強盗団の部費で勝手に購入したホワイトボードに至るまでの全てを持ち去ってしまったらしい。

 しかし隊長はめげなかった。

 第五自習室の床に体育座りを強要された自分達を前にして、隊長による第五自習室改造計画についての概要が述べられた。

 ――北欧風の部屋にしたいと思ってるの!

 絶対に無理だと思った。

 隣の赤村と柳も同じような顔をしていて、小此木はあらぬ方向を向いてぼーっとしていたが、隊長はそれに気付かず、鞄の中から一冊の本を取り出した。

 見てこれ、図書館で借りてきた「オトナ女子の北欧モダン風インテリア」。これを参考にしようよ。ほら、ここって木造校舎じゃん。イメージは北欧のカフェみたいな感じで、余計な物は置かないの。木材で椅子を五つ作ってポーカーテーブルに備え付けにして、ソファも作ろうね。わたしの家にハンモックあるから柱に吊して椅子みたいにしよう。そうそう、うさぎ強盗団が業務用みたいなキャビネット持って行ってくれて本当に良かった。あれすっごいダサかったもんね、北欧とは対極にある感じ。

 つまりキャビネットは南欧という事なのだろうか? ソファなんてそんな簡単に作れるものなのか? そもそも北欧に行った事もない自分達が北欧風の部屋をデザインするなどおこがましいのではないか? オトナなのに女子ってどういう事? 数々の疑問が過ぎったが、しかし楽しそうな隊長に対して誰も意見を具申する事はできず、とうとう今日こんにちまできてしまった。

 もちろん協力する気持ちはあったのだ。

 柳はコーヒー豆とコーヒーカップ、それにモカ・エキスプレスを持ってきた。これはカップ麺のお湯を沸かす時にも一役買っている皆の人気者だ。裏に刻印されたMade in Chinaは見なかった事にした。

 小此木は夜中に自転車で町内を走り回り、捨てられていたソファを見つけたので男達で運び出してダークブルーの布を張り直した。隊長はご満悦だったが、布を張り替える前はカビだらけだった事は今でも男四人の秘密になっている。

 自分と赤村は深夜の東本郷第二小学校に潜入して放置されていた廃木材をかき集め、休日に赤村宅でのこぎりとやすりを駆使して手作りの椅子を作る事となった。素人が五つの椅子を作るというのはなかなかに難度の高い作業であり、技術家庭の教科書片手にあーだこーだと言い連ねた。お昼には赤村家にてラーメンをご馳走になり、その際に赤村のご両親に挨拶をしたのだが、とても品の良い夫妻だった。どうしてこのご両親からこの子が……という事と、ご両親が二人とも直毛であった事がすごく気がかりであったが、家族構成について質問する事ははばかられた。

 出来上がった五つの椅子は思わずうっとりしてしまうような出来栄えで、翌日第五自習室に搬入した際には隊長からは「すごい! オブジェ!? ニューヨーク近代美術館MoMAにありそう!」とのお言葉をたまわる事ができた。

 各々が「北欧風インテリア」と言い張っては自由気ままに荷物を持ってきた結果、今の第五自習室は北欧風カフェと呼ぶよりは粗大ゴミ置き場に近いが、誰もその現実を直視しないまま現在に至っている。

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