ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
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第4章 1/2

「あーもー、きったねえなぁ!」

 決していらいらしているわけではない。

 だが、第五自習室の扉を開いて、思わず苛立ちを口にしてしまうのも無理からぬことだと主張したい。

 ────一週間がち、第五自習室は作戦本部へと姿を変えていた。

 関係者が入れ替わり立ち代わり常にごった返していて、隊長の「これ邪魔だよね」という一言で第五自習室最大の存在意義であるポーカーテーブルすら撤去され────今は新聞部の部室に間借りさせてもらっている────、その代わりに机とと電子機器が搬入された。

うらはらくん、暇なら片付けてくれない?」

 最初はやる気に満ち溢れていた面々も今ではすっかりすさんでしまい、あのですら無表情にぽりぽり音を立てながら菓子を食べつつ、一心不乱にキーボードを叩いていた。

「掃除は隊長の仕事だ」

 適当な返事をして、誰かが持ってきたホワイトボードの行動予定表に「戦術立案会議出席」と書き殴った。そして改めて部室を見回す。

 汚い。

 その一言に尽きる。

 床のほとんどがプリントやら写真で占められ、木目は申し訳程度にしか見えない。床に置いた書類というのは、いつの間にか増えているように感じるとは隊長の談であり、自分も同感である。質量保存の法則もこの部屋では作用しないのかもしれない。増えているように感じる前に片付けようよとやなぎは言うが、もちろん柳とて片付ける気は毛頭ないのだ。無造作に並んでいるベニヤ板とチタンパイプの机のどれにも、山積みになった書類が崩れかかっている。

 もはや北欧風の影も形も消え失せたこの部屋で、隊長だけが頑なに「この質素で無秩序な感じが北欧っぽいよね」とほとんど理解不能な主張を続けていた。

 あちこちにばらかれたプリントとプリントの隙間を大股でかつしながら、

「くそっ! 隊長どこ行った!?」

「お昼休みにちょっと話したけど、放課後は見てないよ」

 未だにぽこんぽこんとメールの着信音を奏でる携帯電話を机の上に放り出して、ぎろりとにらみつける。

「隊長め、一日一〇〇件くらいメールを送りつけやがって。俺は暇な女子学生じゃねえんだぞ!」

 一日にメール一〇〇件なんて普通だよポーカー審議会なめんなよと木佐がやさぐれていると、

「木佐さーん!」

「あ、あーちゃん」

 木佐が唐突に笑顔になって声の方を振り向いた。

 扉からひょっこりと顔を覗かせた久石ひさいしあおが両手で持っていた紙袋を揺らした。

「料理部でビスケットつくったの! ちょっと堅いけど、よかったらみんなで食べて」

「うわあ、ありがとう! みんなお腹ぺこぺこだから喜ぶと思う。ほら、浦原くんもお礼を言いなさい」

「ありがとう」

 親に促された子供みたいにお礼を言って、久石が手にしているビスケットを一つ摘まんで口に入れる。

「……とんかちあったかな?」

 ────今や東本郷中学校全体が応援ムード一色になっている。

 それもこれも市内対抗戦で対戦校すべてから王座戦を申し込まれたという話を校内であおりに煽った新聞部のお陰だ。

 情報処理に必要なデスクトップパソコンと複数のディスプレイはパソコン研究部から貸与され、茶道部からは毎日眠くなりそうな時間帯に目の覚めるような濃い抹茶が届けられるようになった。野球部は気分転換のキャッチボールならいつでも応じると声を掛けてくれて────まったく声を掛けないのも失礼なので一度だけキャッチボールをやったのだが、ボールをキャッチする時の痛いこと痛いこと────、他にも多くのポーカーサークルや部が協力をしまないと確約してくれた。

「戻ったぞ」

 久石が去って数分後に現れたのは、新聞部の部員証を首から掲げたあかむらだ。

「おう。何か新情報は?」

 赤村は新聞部員としての頭角をめきめきと現わし、今では新聞部の活動方針やコンプライアンス基準、ここ三ヶ月の新聞部の標語────「受話器はゆっくり置こう」、「やめようわいと色仕掛け」、「地球の紙資源を守ろう」────をそらで言えるような人間に変貌を遂げてしまった。

とりざわ中学校を取材してきた。出場プレイヤーの家庭事情や過去に開かれたトーナメントの解説記事やら色々かき集めてきたぜ」

 新聞部に入部した赤村は毎日、新聞部員と共に他校に出掛けて取材を試みて、そのお礼に「ポーカーモンスターズは対策を練っているものの打開策はなく、どうやら欠場するようだ」という偽情報を流している。

「文字を起こすのにどのくらいかかる?」

「原稿は昨夜書き終えた。あとは新聞部で校閲してもらうだけ」

「校閲は後回しでいいから、過去に行われたトーナメントの解説記事を俺と隊長と御三家の大将に流してくれ」

 赤村が眉をひそめて、

「御三家にも?」

「俺と隊長だけで戦術立案すると、どうしてもかたよるからな。四日前から御三家にも協力してもらってる。隊長の許可は下りてるから送ってくれ」

「分かった」

 赤村がパソコン研究部から貸与されたパソコンに向かう。

「なあ、隊長知らないか?」

「見てねえなあ。────なにこのビスケットすげえかてえ!?」

 赤村が奥歯でビスケットをがじがじしているのを見ていると、廊下の方からがやがやと騒がしい声が聞こえてきた。第五自習室の扉が勢いよく開いて、怒り心頭といった面持ちのさかきばらが開口一番、

「くそっ、浦原! お前んとこの一味はどうなってるんだ! 俺をダシにしやがって」

「みんなお疲れさま」

「お疲れサマー/タイム/トラベラー」

 その榊原の後ろから、疲れた顔をした柳と元気そうなこのが第五自習室に入ってきた。柳はふらふらとハンモックに近寄って、年寄りみたいな動作でゆっくりと布の上に腰を下ろし、小此木は早速目に入ったビスケットに手を伸ばしてばりばりみ砕いている。榊原は眉間にしわを寄せてもはや人間の顔をしていなかった。

「何やったのお前ら。……まあいいや、とりあえず謝れ。ほら、恥も外聞もかなぐり捨てて」

「いやあ、申し訳ない」

「ごめんよ」

 誠意がまったく感じられない謝罪が、榊原の更なる怒りを煽ったが、そもそもこいつは何をしても怒るのだから、そのまま怒らせていても特に支障はない。

「で、何やったのお前ら」

「今日、学校をお休みさせてもらったんだけど、榊原くんの指示で学校を休んだ事にして、事なきを得たんだ」

「得たんだ」

「そういうのは事前に言えってんだよ。なんで俺が柳家と小此木家に電話して、嘘八百を並べ立てなくちゃならねえんだよ。しかも小此木家は最初に電話出たの、あの小此木ゆうだぞ。超恐かったわ!」

 そんなんまで俺のせいにされても困る。困ると言えば、

「柳、土日連絡取れなかったから困ったぜ。俺が送ったメール見たか?」

「ごめんごめん。メールは見たよ、対策もばっちり。……それと資金調達が無事に完了した」

 柳はハンモックに座ったまま、通学鞄からターナー&ボーマン銀行の封筒を掴み取り、その中から結婚式で見かけるようなぴっかぴかの新札の束を三つ取り出して机に並べた。

「────ああ! すごい! これ!? これが三〇〇万円!?」

 キーボードを叩いていた木佐が札束を見て目を輝かせた。立ち上がって駆け寄り、しかし札束に触れるのは躊躇ためらっているところが実に木佐らしい。

「そうだよ。小此木くんが融資してくれたお金さ」

 自分は懐疑的な目で新札の束を見下ろした。

「……これが三〇〇万円?」

「そうだよ」

「へえ、なんというか、これはまた……」

 柳はこちらの言いたい事を察したようで、

「意外とちゃっちいよね。恥ずかしながら、僕も一〇〇万円の束ってこのくらいあると思ってた」

 そう言って柳は、親指と人差し指を大きく離してみせた。

 札束を手にしてみる。

 一万円札の重さは約一グラムと聞いた事があるのだが、三〇〇万円の札束が三〇〇グラムあるかどうかはいまいち判断がつかなかった。

「どこから持ってきたんだこれ?」

 嬉しそうな柳が小此木と顔を見合わせて、上着のポケットから紺色のパスポートを取り出した。

「ちょっと香港から」

 おお、と思わずうなる。

 中学生にとって、海外なんてものは暗黒大陸とそう変わらない人類未踏の地なのだ。

「すげえな。子供だけで飛行機乗れたのか? 往復で何時間かかった? 向こうで宿泊したのか?」

 意気込む自分の姿を見て柳が苦笑した。

「当初は日本と香港を日帰りで往復する予定だったんだ。香港に親戚のさんがいる事にして。浦原くんが大好きなシエル・ビノシュ航空を使いたかったんだけれども、未成年搭乗が許されていなかったからローコストキャリアLCCのシルクロード航空にしたよ。うん、二人で行った。一〇〇万円以上の国内持ち込みは避けたかったし、現地から国内への送金手続きを小此木くんに説明したけど難しいってさじ投げられちゃったし。……無理無理、無断外泊したら親に怒られちゃうじゃん。でもまあ、結局、外泊しちゃったんだけどさ。パスポート? うん、秘密会議の翌日に作りに行った。保護者の書類? 偽造したに決まってるじゃないか」

 無断外泊したら怒られちゃうけど、渡航手続きのための保護者の書類は偽造する。

 それが柳という男だ。

「────あ、お前らマカオも行っただろ!?」

 柳と小此木が同時に口を開いた。

「楽しかったねえ。カジノには入れなかったけれど、グランドリスボア見学してウィンの噴水見て、ベネチアンの水路で手を振ったりして」

「楽しかったねえ。空港の職員を説得するために知らないおじさんを親戚に見立てて手を振って、大衆食堂で炒飯チヤーハンっぽい何かを食べて、エッグタルト食べながらくたびれた裏路地歩いて、ものすごい冷房効いたフェリー乗って。ねえねえ知ってる? カジノってなんとも言えない独特の芳香があってね、ぼくあの匂い大好きになっちゃった」

「くそっ、俺と隊長が延々怒鳴り合ってた土日をお前ら満喫しやがって」

「でも色々あって帰りの飛行機に乗れなくなっちゃってさ、何とかWi-Fi見つけて榊原くんに連絡して、親へのアリバイ作りと学校を休む連絡をしてもらったんだ」

「それは大変だったな。お土産は?」

「ないない。遊びじゃないんだからね」

「話を聞いた限りでは、どう考えても遊びが入っていたような気がするんだが……」

 納得できずに首をひねっていると、第五自習室の扉がばたんと開き、お洒落な眼鏡を掛けた隊長が顔だけにょきっとのぞかせた。

「浦原くん! 五分後に第二自習室で御三家トップとの戦術立案会議が始まるよ」

「少し待てないか!? 赤村の敵プレイヤー情報を精査して御三家と共有したい」

「五分後! 待てない!」

 けんもほろろに断られ、隊長の首が引っ込んだ。

 思わず「*****」という新聞部のコンプライアンス基準に抵触しそうな単語が頭の中に渦巻いたが、どうにか思い留まる事ができた。これは、この数日間で隊長と顔を合わせる度に唐突なヒップホップバトルのような論争を繰り広げた結果である。隊長のぞうごんに関するの豊富さには、思わず感心してしまった。

 手元の書類をまとめてクリップで留め、筆記用具を掴んで第五自習室を飛び出す。廊下のど真ん中で書類の文字を睨みつけている隊長に駆け寄る。

「隊長、俺の学内アカウントにメール送りまくるの止めてくれないか?」

「だって『アイデア集約するから、思いついた戦術はどんどん俺に送ってくれ』って言ってたじゃん」

「限度。限度ってもんがあるの、世の中には」

 廊下を歩く。

 先を行く隊長の歩き方は実に独特で、両手を大きく振ってローファーをかつかつ鳴らすその様はまるで独裁国家の軍事パレードのようだった。

 背が低いのにやたら歩くのが速い隊長に追いつこうと思うと自分も大股になってしまい、結局、二人一緒に廊下で軍事パレードをやってしまう事になる。

 まったく、目が回るような忙しさだ。

 今日はこれから開催される戦術立案会議に出席し、その後すぐに議事録を作成しながら隊長と打ち合わせ、途中で最終下校時刻を迎えるのでファットマンに移動してあつあつのスペアリブを頬張りながらポーカーテーブルを使って戦術討論会────費用はポーカー審議会持ちだ────、その頃には柳や赤村、小此木もファットマンに集まり始め、討論会は白熱していく。夜九時頃になると隊長が眠くなってうつらうつらし始めて、そうなるとその日の討論会は解散だ。極寒の中を帰宅したら夕食を素早く平らげて風呂に入って身体を温め、それから机に向かってポーカー戦術本を読みふける。まったく、毎日毎日こんな状態では身が持たない。

 校舎三階にある空き教室に入ると、美食家の集いのはと、November-9のたけ、ハイレートリングのゴリ四世ことこおりやまが既にそろっていた。三人は自分の顔を見るなり、

「浦原くん、大丈夫? 目のくますごいよ」

「顔も真っ青だぞ」

「これ、腹が減った時用の焼きおにぎりなんだけど、一つ食うか?」

「……ありがとう。お前らだけだよ、俺の事を心配してくれるのは」

 郡山からラップに包まれた焼きおにぎりを受け取って口に運ぶ。焦げた味噌味が、疲れきった身体からだに染み渡るように感じられた。

「わたしも心配してるよ浦原くん」

 横にたたずむ隊長が可愛くほほんだ。

 隊長の言う心配とは、機械の保守点検と似たような感情なのだろうと思う。

「ありがとう隊長。その一言で頑張れるような気がする」

「よかった。────それでは第五回戦術立案会議を始めます。本日もたんのないご意見をいただければと思います。それではお手元の資料の一ページにあるトーナメント中盤のプリフロップ戦術について質疑応答がある方は挙手を」

 御三家の大将三人から一斉に手が上がった。

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